2019年02月04日

民法第一条 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律等に基づき健康管理手当の支給認定を受けた被爆者が外国へ出国したことに伴いその支給を打ち切られたため未支給の健康管理手当の支払を求める訴訟において支給義務者が地方自治法236条所定の消滅時効を主張することが信義則に反し許されないとされた事例

1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人らは,いずれも,広島市に投下された原子爆弾に被爆した者であり,昭和30年ころから同40年にかけてブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」という。)に移住した。
(2) 昭和32年に原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が,同43年に原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「原爆特別措置法」という。)がそれぞれ制定され,平成6年にこれらの法律を統合する形で原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」といい,原爆特別措置法と併せて「被爆者援護法等」という。)が制定された。健康管理手当は,原爆特別措置法5条又は被爆者援護法27条に基づき,造血機能障害,肝臓機能障害,循環器機能障害等の疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっている被爆者に支給される手当である。その支給に係る事務は,都道府県知事が国の機関として主務大臣(厚生大臣)の指揮監督の下に処理すべき事務とされていたが(地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のもの)148条2項,150条,別表第3第1項(10の2),地方自治法(平成6年法律第117号による改正前のもの)別表第3第1項(10の3),国家行政組織法(平成11年法律第87号による改正前のもの)15条2項),その後,平成11年法律第87号による地方自治法の改正に伴い,第1号法定受託事務に改められた(同法2条9項1号,10項,別表第1)。
(3) 厚生省公衆衛生局長は,昭和49年7月22日付けで,各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あての「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行について」と題する通達(昭和49年衛発第402号。以下「402号通達」という。)を発出し,原爆特別措置法に基づく健康管理手当の受給権は,当該被爆者が我が国の領域を越えて居住地を移した場合,失権の取扱いとなるものと定めた。被爆者援護法が制定された後も,厚生事務次官が平成7年5月15日付けで各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あてに発出した「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の施行について」と題する通知(平成7年発健医第158号)に基づき,402号通達による上記の取扱いが継続されてきた。しかし,被爆者援護法等には,健康管理手当の受給権を取得した被爆者が国外に居住地を移した場合に同受給権を失う旨の規定は存在せず,402号通達の上記定め及びこれに基づく行政実務は,被爆者援護法等の解釈を誤る違法なものであった。
(4) 被上告人らは,いずれも,平成3年から同7年にかけて,ブラジルから一時帰国し,被爆者援護法等に基づき,広島県知事から循環器機能障害等の疾病の認定を受け,被上告人X 及び同X については平成7年6月から同12年5月までの間,同X については同6年6月から同11年5月までの間をそれぞれ支給期間とする健康管理手当を支給する旨の健康管理手当証書の交付を受けた(以下,これらの健康管理手当を併せて「本件健康管理手当」という。)。
(5) 広島県知事は,被上告人らがその後間もなくブラジルに出国したことから,402号通達を根拠として,被上告人X については平成7年7月分以降,同X については同年8月分以降,同X については同6年7月分以降の本件健康管理手当の支給をそれぞれ打ち切った。
(6) その後,被上告人らは,平成14年7月から12月にかけて,本件健康管理手当の支払を求めて本件訴えを提起した。同15年3月1日,402号通達は廃止され,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令及び原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則にも,被爆者健康手帳の交付を受けた者であって国内に居住地及び現在地を有しないものも健康管理手当の支給を受けることができることを前提とする規定が設けられるに至った。上告人は,これらの改正に伴い,被上告人らに健康管理手当を支給したが,本件健康管理手当のうち,本件各提訴時点で既に各支給月の末日から5年を経過していた分については,地方自治法236条所定の時効により受給権が消滅したとして,その支給をしなかった。
2 本件は,被上告人らが上告人に対し,原爆特別措置法5条又は被爆者援護法27条に基づき,未支給の本件健康管理手当及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
3(1) 被爆者援護法等に基づく健康管理手当は,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,原子爆弾の放射能の影響による造血機能障害等の障害に苦しみ続け,不安の中で生活している被爆者に対し,毎月定額の手当を支給することにより,その健康及び福祉に寄与することを目的とするものである(原爆特別措置法5条,被爆者援護法前文,27条参照)。前記事実関係等によれば,被上告人らは,その申請により本件健康管理手当の受給権を具体的な権利として取得したところ,上告人は,被上告人らがブラジルに出国したとの一事により,同受給権につき402号通達に基づく失権の取扱いをしたものであり,しかも,このような通達や取扱いには何ら法令上の根拠はなかったというのである。通達は,行政上の取扱いの統一性を確保するために,上級行政機関が下級行政機関に対して発する法解釈の基準であって,国民に対し直接の法的効力を有するものではないとはいえ,通達に定められた事項は法令上相応の根拠を有するものであるとの推測を国民に与えるものであるから,前記のような402号通達の明確な定めに基づき健康管理手当の受給権について失権の取扱いをされた者に,なおその行使を期待することは極めて困難であったといわざるを得ない。他方,国が具体的な権利として発生したこのような重要な権利について失権の取扱いをする通達を発出する以上,相当程度慎重な検討ないし配慮がされてしかるべきものである。しかも,402号通達の上記失権取扱いに関する定めは,我が国を出国した被爆者に対し,その出国時点から適用されるものであり,失権取扱い後の権利行使が通常困難となる者を対象とするものであったということができる。
以上のような事情の下においては,上告人が消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは,違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け,又は事務を受託し,自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が,受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいものといわざるを得ない。そうすると,上告人の消滅時効の主張は,402号通達が発出されているにもかかわらず,当該被爆者については同通達に基づく失権の取扱いに対し訴訟を提起するなどして自己の権利を行使することが合理的に期待できる事情があったなどの特段の事情のない限り,信義則に反し許されないものと解するのが相当である。本件において上記特段の事情を認めることはできないから,上告人は,消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れることはできないものと解される。
(2) 論旨は,地方自治法236条2項所定の普通地方公共団体に対する権利で金銭の給付を目的とするものは,同項後段の規定により,法律に特別の定めがある場合を除くほか,時効の援用を要することなく,時効期間の満了により当然に消滅するから,その消滅時効の主張が信義則に反し許されないと解する余地はないとい
うものである。
ところで,同規定が上記権利の時効消滅につき当該普通地方公共団体による援用を要しないこととしたのは,上記権利については,その性質上,法令に従い適正かつ画一的にこれを処理することが,当該普通地方公共団体の事務処理上の便宜及び住民の平等的取扱いの理念(同法10条2項参照)に資することから,時効援用の制度(民法145条)を適用する必要がないと判断されたことによるものと解される。このような趣旨にかんがみると,普通地方公共団体に対する債権に関する消滅時効の主張が信義則に反し許されないとされる場合は,極めて限定されるものというべきである。
しかしながら,地方公共団体は,法令に違反してその事務を処理してはならないものとされている(地方自治法2条16項)。この法令遵守義務は,地方公共団体の事務処理に当たっての最も基本的な原則ないし指針であり,普通地方公共団体の債務についても,その履行は,信義に従い,誠実に行う必要があることはいうまでもない。そうすると,本件のように,普通地方公共団体が,上記のような基本的な義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,その行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては,上記のような便宜を与える基礎を欠くといわざるを得ず,また,当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても,国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されず,かつ,その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難い。したがって,本件において,上告人が上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されないものというべきである。論旨の引用する判例(最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁)は,事案を異にし本件に適切でない。
4 原審の判断は,これと同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。(最判平成19年2月6日 民集 第61巻1号122頁)


概略

原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律又は原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に基づき健康管理手当の支給認定を受けた被爆者が外国へ出国したことに伴いその支給を打ち切られたため未支給の健康管理手当の支払を求める訴訟において,支給義務者が地方自治法236条所定の消滅時効を主張することは,(1)上記被爆者がその申請に基づき上記健康管理手当の受給権を具体的な権利として取得したこと,(2)法令上の根拠がないのに,被爆者が国外に居住地を移した場合に健康管理手当の受給権につき失権の取扱いとなるものと定めた違法な通達に基づき,上記支給義務者が支給を打ち切ったこと,(3)上記通達の定めは我が国を出国した被爆者に出国の時点から適用されるものであり,失権取扱い後の権利行使が通常困難となる者を対象としていること,(4)上記被爆者については上記失権の取扱いに対し訴訟を提起するなどして自己の権利を行使することが合理的に期待できたなどの事情が見当たらないことなど判示の事情の下では,信義則に反し許されない。


※参考条文
民法
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
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民法第一条 貸金業者において,特約に基づき借主が期限の利益を喪失した旨主張することが,信義則に反し許されないとした原審の判断に違法があるとされた事例

1 本件本訴は,貸金業者である上告人が,借主である被上告人Y 及び連帯保証人であるその余の被上告人らに対して貸金の返済等を求めるものであり,本件反訴は,被上告人Y が,上告人に対し,上告人との間の金銭消費貸借契約に基づいてした弁済につき,利息制限法所定の制限利率を超えて支払った利息(以下「制限超過利息」という。)を元本に充当すると過払金が発生しているとして,不当利得返還請求権に基づき過払金の返還等を求める事案である。上告人において,期限の利益喪失特約に基づき被上告人Y が期限の利益を喪失したと主張することが,信義則に反するか等が争われている。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,貸金業法(平成18年法律第115号による改正前の法律の題名は貸金業の規制等に関する法律)3条所定の登録を受けた貸金業者である。
(2) 上告人は,平成15年3月6日,被上告人Y に対し,400万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付け@」という。)。
ア 利 息 年29.0%(年365日の日割計算)
イ 遅延損害金 年29.2%(年365日の日割計算)
ウ 弁 済 方 法 平成15年4月から平成20年3月まで毎月1日限り,元金6万6000円ずつ(ただし,平成20年3月のみ10万6000円)を経過利息と共に支払う。
被上告人Y は,平成15年3月6日,上告人に対し,本件貸付け@に係る被上告人Y の債務について連帯保証した。
(3) 上告人は,平成16年4月5日,被上告人Y に対し,350万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付けA」という。)。
ア 利 息 年29.0%(年365日の日割計算)
イ 遅延損害金 年29.2%(年365日の日割計算)
ウ 弁 済 方 法 平成16年5月から平成21年4月まで毎月1日限り,元金5万8000円ずつ(ただし,平成21年4月のみ7万8000円)を経過利息と共に支払う。
被上告人Y は,平成16年4月5日,上告人に対し,本件貸付けAに係る被上告人Y の債務について連帯保証した。
(4) 上告人は,平成17年6月27日,被上告人Y に対し,300万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付けB」といい,本件貸付け@,Aと併せて「本件各貸付け」という。)。
ア 利 息 年29.2%(年365日の日割計算)
イ 遅延損害金 年29.2%(年365日の日割計算)
ウ 弁 済 方 法 平成17年8月から平成22年7月まで毎月1日限り,元金5万円ずつを経過利息と共に支払う。
被上告人Y は,平成17年6月27日,上告人に対し,本件貸付けBに係る被上告人Y の債務について連帯保証した。
(5) 本件各貸付けにおいては,元利金の支払を怠ったときは通知催告なくして当然に期限の利益を失い,残債務及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払う旨の約定(以下「本件特約」という。)が付されていた。
(6) 本件各貸付けに対する被上告人Y の弁済内容は,本件貸付け@に係る債務については原判決別表1に,本件貸付けAに係る債務については原判決別表2に,本件貸付けBに係る債務については原判決別表3にそれぞれ記載されているとおりであり,同被上告人は,本件貸付け@,Aについては平成16年9月1日の支払期
日に,本件貸付けBについては平成17年8月1日の支払期日に,全く支払をしておらず,いずれの貸付けについても,上記各支払期日の後,当初の約定で定められた支払期日までに弁済したことはほとんどなく,支払期日よりも1か月以上遅滞したこともあった。
(7) 上告人は,被上告人Y から本件各貸付けに係る弁済金を受領する都度,領収書兼利用明細書を作成して同被上告人に交付していたところ,いずれの貸付けについても,上記(6)記載の各支払期日より後にした各弁済(以下「本件各弁済」と総称する。)に係る領収書兼利用明細書には,弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当した旨記載されており,利息に充当した旨の記載はない。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり,上告人が本件各貸付けについて本件特約による期限の利益の喪失を主張することは信義則に反し許されないと判断した。そして,本件各貸付けのいずれについても被上告人Y に期限の利益の喪失はないものとして本件各弁済につき制限超過利息を元本に充当した結果,本
件各貸付けについては,原判決別表1〜3のとおり,いずれも元本が完済され,過払金が発生しているとして,上告人の本訴請求をいずれも棄却し,同被上告人の反訴請求を一部認容した。
(1) 被上告人Y は,本件貸付け@,Aについては,平成16年9月1日の支払期日に支払うべき元利金の支払をしなかったことにより,本件貸付けBについては,平成17年8月1日の支払期日に支払うべき元利金の支払をしなかったことにより,本件特約に基づき期限の利益を喪失した。
(2) しかしながら,被上告人Y は,本件貸付け@,Aについては,その期限の利益喪失後も,基本的には毎月規則的に弁済を続け,上告人もこれを受領している上,平成17年6月には新たに本件貸付けBを行い,本件貸付けBについても同被上告人はその期限の利益喪失後も弁済を継続しており,上告人が期限の利益喪失後
直ちに同被上告人に対して元利金の一括弁済を求めたこともうかがわれないから,上告人は,同被上告人が弁済を遅滞しても分割弁済の継続を容認していたものというべきである。そして,本件各貸付けにおいては約定の利息の利率と遅延損害金の利率とが同率ないしこれに近似する利率と定められていることを併せ考慮すると,領収書兼利用明細書上の遅延損害金に充当する旨の表示は,利息制限法による利息の利率の制限を潜脱し,遅延損害金として高利を獲得することを目的として行われたものであるということができる。そうすると,被上告人Y に生じた弁済の遅滞を問題とすることなく,その後も弁済の受領を反復し,新規の貸付けまでした上告人において,さかのぼって期限の利益が喪失したと主張することは,従前の態度に相反する行動であり,利息制限法を潜脱する意図のものであって,信義則に反し許されない。
4 原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
原審は,上告人において,被上告人Y が本件特約により本件各貸付けについて期限の利益を喪失した後も元利金の一括弁済を求めず,同被上告人からの一部弁済を受領し続けたこと(以下「本件事情@」という。),及び本件各貸付けにおいては,約定の利息の利率と約定の遅延損害金の利率とが同一ないし近似していること(以下「本件事情A」という。)から,上告人が領収書兼利用明細書に弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当する旨記載したのは,利息制限法による利息の利率の制限を潜脱し,遅延損害金として高利を獲得することを目的としたものであると判断している。
しかし,金銭の借主が期限の利益を喪失した場合,貸主において,借主に対して元利金の一括弁済を求めるか,それとも元利金及び遅延損害金の一部弁済を受領し続けるかは,基本的に貸主が自由に決められることであるから,本件事情@が存在するからといって,それだけで上告人が被上告人Y に対して期限の利益喪失の効果を主張しないものと思わせるような行為をしたということはできない。また,本件事情Aは,上告人の対応次第では,被上告人Y に対し,期限の利益喪失後の弁済金が,遅延損害金ではなく利息に充当されたのではないかとの誤解を生じさせる可能性があるものであることは否定できないが,上告人において,同被上告人が本
件各貸付けについて期限の利益を喪失した後は,領収書兼利用明細書に弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当する旨記載して同被上告人に交付するのは当然のことであるから,上記記載をしたこと自体については,上告人に責められる理由はない。むしろ,これによって上告人は,被上告人Y に対して期限の利益喪失の効果を主張するものであることを明らかにしてきたというべきである。したがって,本件事情@,Aだけから上告人が領収書兼利用明細書に上記記載をしたことに利息制限法を潜脱する目的があると即断することはできないものというべきである。
原審は,上告人において,被上告人Y が本件貸付け@,Aについて期限の利益を喪失した後に本件貸付けBを行ったこと(以下「本件事情B」という。)も考慮し,上告人の期限の利益喪失の主張は従前の態度に相反する行動であり,利息制限法を潜脱する意図のものであって,信義則に反するとの判断をしているが,本件事情Bも,上告人が自由に決められることである点では本件事情@と似た事情であり,それだけで上告人が本件貸付け@,Aについて期限の利益喪失の効果を主張しないものと思わせるような行為をしたということはできないから,本件事情Bを考慮しても,上告人の期限の利益喪失の主張が利息制限法を潜脱する意図のものであ
るということはできないし,従前の態度に相反する行動となるということもできない。
他方,前記事実関係によれば,被上告人Y は,本件各貸付けについて期限の利益を喪失した後,当初の約定で定められた支払期日までに弁済したことはほとんどなく,1か月以上遅滞したこともあったというのであるから,客観的な本件各弁済の態様は,同被上告人が期限の利益を喪失していないものと誤信して本件各弁済をしたことをうかがわせるものとはいえない。
そうすると,原審の掲げる本件事情@ないしBのみによっては,上告人において,被上告人Y が本件特約により期限の利益を喪失したと主張することが,信義則に反し許されないということはできないというべきである。
5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。(最判平成21年9月11日 集民 第231号495頁)


概略は次のとおり。

 貸金業者が,借主に対し,元利金の支払を怠ったときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約の下に3回にわたり金銭の貸付けを行い,各貸付けにつき借主が期限の利益を喪失した後に,一部弁済を受領する都度,弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金の一部に充当した旨記載した領収書兼利用明細書を交付していた場合において,次の(1)〜(3)の各事実のみから,貸金業者において,上記各貸付けにつき,上記特約に基づき借主が期限の利益を喪失したと主張することが信義則に反し許されないとした原審の判断には,違法がある。
(1) 貸金業者は,借主が期限の利益を喪失した後も元利金の一括弁済を求めず,借主からの一部弁済を受領し続けた。
(2) 上記各貸付けにおける約定の利息の利率と遅延損害金の利率とが同一ないし近似していた。
(3) 貸金業者は,借主が1回目及び2回目の各貸付けについて期限の利益を喪失した後に3回目の貸付けを行った。

※参考条文
民法
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
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2019年02月03日

民法第一条 不当利得返還請求訴訟において不当利得返還請求権の成立要件である「損失」が発生していないと主張して請求を争うことが信義誠実の原則に反するとされた事例

 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 丙は,第1審判決別紙預金目録記載の各金融機関(以下「本件各金融機関」という。)に対し,同目録記載の各預金債権(原審が訂正した後のもの。以下,これらの預金債権を「本件各預金債権」といい,これらの預金を「本件各預金」という。)を有していた。
 (2) 丙は,平成3年4月30日,死亡した。上告人及び被上告人は,丙の子であり,本件各預金債権を各2分の1の割合で法定相続した。
 (3) 上告人は,第1審判決別紙預金目録記載の各払戻年月日に,本件各金融機関から本件各預金の払戻しを受けたが,その際,本件各預金のうち被上告人の法定相続分である2分の1に当たる金員(以下「被上告人相続分の預金」という。)については,何らの受領権限もないのに,その払戻しを受けたものである。
 2 本件は,被上告人が,上告人は被上告人相続分の預金を無権限で払戻しを受けて取得し,これにより被上告人は被上告人相続分の預金相当額の損失を被ったなどと主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,被上告人相続分の預金相当額等の支払を求める事案である。
 これに対し,上告人は,本件各金融機関は被上告人相続分の預金の払戻しについて過失があるから,上記払戻しは民法478条の弁済として有効であるとはいえず,したがって,被上告人が本件各金融機関に対して被上告人相続分の預金債権を有していることに変わりはないから,被上告人には不当利得返還請求権の成立要件である「損失」が発生していないなどと主張して,被上告人の上記請求を争っている。
 3 そこで検討すると,(1) 上告人は,本件各金融機関から被上告人相続分の預金について自ら受領権限があるものとして払戻しを受けておきながら,被上告人から提起された本件訴訟において,一転して,本件各金融機関に過失があるとして,自らが受けた上記払戻しが無効であるなどと主張するに至ったものであること,(2) 仮に,上告人が,本件各金融機関がした上記払戻しの民法478条の弁済としての有効性を争って,被上告人の本訴請求の棄却を求めることができるとすると,被上告人は,本件各金融機関が上記払戻しをするに当たり善意無過失であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で訴訟の相手方を選択しなければならないということになるが,何ら非のない被上告人が上告人との関係でこのような訴訟上の負担を受忍しなければならない理由はないことなどの諸点にかんがみると,上告人が上記のような主張をして被上告人の本訴請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである。(最判平成16年10月26日 集民 第215号473頁)


簡略化すると次の通り。
甲が,乙と共に相続した預金債権のうちの乙の法定相続分に当たる部分について何らの受領権限もないのに受領権限があるものとして金融機関から払戻しを受けていながら,その払戻しに係る金員について乙が提起した不当利得返還請求訴訟において,一転して,上記払戻しは民法478条の弁済として有効であるとはいえず,乙が上記金融機関に対して乙の法定相続分に当たる預金債権を有していることに変わりはなく,乙には不当利得返還請求権の成立要件である「損失」が発生していないと主張するに至ったなど判示の事情の下では,甲が上記主張をして乙の不当利得返還請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されない。

※関連条文
民法
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
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